神戸地方裁判所 平成5年(ワ)1259号 判決 1997年5月27日
甲事件原告、乙事件被告 中務勝 外二名
甲事件被告、乙事件原告 自主管理福田運送労働組合承継人全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部
主文
一 甲事件被告(乙事件原告)は、甲事件原告(乙事件被告)らそれぞれに対し、金一〇万円及びこれらに対する平成五年八月一七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 甲事件原告(乙事件被告)山根重視は、甲事件被告(乙事件原告)に対し、金二〇万円及びこれに対する平成五年一二月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 甲事件原告(乙事件被告)鶴屋栄示は、甲事件被告(乙事件原告)に対し、金二〇万円及びこれに対する平成五年一二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 甲事件原告(乙事件被告)らのその余の請求及び甲事件被告(乙事件原告)のその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は、これを二七分し、その二を甲事件原告(乙事件被告)中務勝の、その八を同山根重視の、その八を同鶴屋栄示の各負担とし、その余を甲事件被告(乙事件原告)の負担とする。
六 この判決の第一ないし第三項は、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
(甲事件)
一 請求の趣旨
1 甲事件被告(乙事件原告)は、甲事件原告(乙事件被告)らそれぞれに対し、金三〇万円及びこれらに対する甲事件訴状送達の日の翌日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 甲事件被告(乙事件原告)は、神戸市中央区港島中町一丁目二―五所在阪神海コン陸運事業協同組合会館の表玄関及び神戸市灘区摩耶埠頭一突所在労働者休憩所の食堂の掲示板に別紙記載の謝罪文を別紙記載の条件で掲示せよ。
3 訴訟費用は甲事件被告(乙事件原告)の負担とする。
4 第1項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 甲事件原告(乙事件被告)らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は甲事件原告(乙事件被告)らの負担とする。
(乙事件)
一 請求の趣旨
1 甲事件原告(乙事件被告)らは、甲事件被告(乙事件原告)に対し、それぞれ金一五〇万円及びこれに対する乙事件訴状送達の日の翌日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は甲事件原告(乙事件被告)らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 甲事件被告(乙事件原告)の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は甲事件被告(乙事件原告)の負担とする。
第二当事者の主張
(甲事件)
一 請求原因
1 当事者等
(一) 甲事件原告(乙事件被告。以下、単に「原告」という。)らは、いずれも有限会社福田運送(以下「福田運送」という。)の従業員である。
(二) 自主管理福田運送労働組合(以下「旧組合」という。)は、昭和五一年四月一四日、福田運送の従業員により結成された労働組合であり、原告らは、平成五年五月下旬までは、右組合に所属する組合員であった。
(三) 旧組合は、本件訴訟係属中である平成七年二月二三日、甲事件被告(乙事件原告。以下、単に「被告」という。)と合同し、被告が旧組合の地位を承継した。
なお、旧組合は、昭和六一年九月二〇日までは、全日本運輸一般労働組合(以下「運輸一般」という。)に加入しており、同組合兵庫地方本部神戸支部福田運送分会を名乗っていた。
2 旧組合の名誉毀損行為
(一) 旧組合は、「公示」と題する文書(以下「本件文書1」という。)を次のとおり、港湾関係者が多数出入りする場所に掲示した。
(1) 場所 神戸市中央区港島中町一丁目二―五所在の阪神海コン陸運事業協同組合会館(以下「海コン会館」という。)の表玄関
期間 平成五年五月二九日、二ないし三時間
(2) 場所 右会館北側一階及び二階の入口ドア
期間 同年五月二九日から六月二日までの五日間
右文書には、原告らを除名とする一方で、「団交や職集で『寝太郎』と呼ばれていた者」とか、「自らの署名、印のある契約書をつきつけても悪あがきする者」等の原告らをこきおろす表現が記載されていた。
(二) 旧組合は、「告示」と題する文書(以下「本件文書2」という。)を、本件文書1とともに、右(一)記載の期間、場所において、掲示した。
本件文書2には、原告らの脱退について旧組合の臨時大会の招集を決定した旨記載されていた。
(三) 旧組合は、平成五年五月三一日から同年六月一一日までの一二日間、神戸市灘区摩耶埠頭一突労働者休憩所の食堂(以下「摩耶埠頭食堂」という。)掲示板に、本件文書1を掲示した。
(四) これらの文書の掲示により、原告らの名誉は著しく毀損された。
3 旧組合による退職強要行為
さらに、旧組合は、原告らが福田運送に採用されたのが、労使交渉の結果ないし組合推薦であったことを盾に取り、平成五年六月八日付けで、福田運送に対し、原告らは組合を除名されたから同年六月末日をもって右会社を退職する、さもなくば、同社に対し、原告らの解雇を要請するとした文書を送付した。また、旧組合の執行委員長原口顕(以下、「原口」という。)は、原告らに対して、「次の仕事を探せ。」と言って退職を不当に強要した。その後も右組合は、右会社に対し団交申入書において原告らを解雇するよう執拗に要請した。
4 原告らの被った損害
原告らが、旧組合による右2、3記載の不法行為によって受けた精神的損害に対する慰藉料の額は、それぞれ三〇万円を下らない。
5 よって、原告らは、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、原告らそれぞれに対し、三〇万円及びこれらに対する甲事件訴状送達の日の翌日である平成五年八月一七日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、かつ同原告らの名誉を回復するため別紙記載の謝罪文を、海コン会館の表玄関及び神戸市灘区摩耶埠頭一突所在労働者休憩所の食堂の掲示板に、別紙記載の条件で掲示することを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2について
(一) 同(一)の事実のうち、旧組合が(1)記載の場所に、五月二九日に約三〇分間だけ、本件文書1を掲示したこと、(2)記載の場所、期間において本件文書1を掲示したこと、右文書に「団交や職集で『寝太郎』と呼ばれていた者」や「自らの署名、印のある契約書をつきつけても悪あがきする者」等の表現があることは認め、その余は否認する。
(二) 同(二)の事実は否認する。
(三) 同(三)の事実のうち、旧組合が本件文書1を六月三日から一〇日までの八日間、原告ら主張の食堂掲示板に掲示したことは認め、その余は否認する。
(四) 同(四)は争う。
3 同3の事実のうち、旧組合が原告ら主張のような文書を福田運送に送付したことは認め、その余は否認ないし争う。
原告らは、後記のとおり、入社時に提出した誓約書に従い、又は組合規約に従い、組合を脱退したり除名されたりした場合には、福田運送を退職すべき義務を負っているにもかかわらず、これを履行しないのであるから、旧組合が原告らに対し右義務の履行を迫るのは当然であって、そのことで不法行為責任を問われるいわれなどまったくない。
4 同4は争う。
5 同5は争う。
三 抗弁(違法性阻却事由、請求原因2に対し)
本件文書1の掲示は、以下に述べるとおり、旧組合に対する原告らの団結権侵害行為に対抗して行われたものであり、正当な表現行為である。
1 表現行為の正当性
本件文書1の掲示は、次のとおり、公共の利害に関わる事実について、公益を図る目的で行ったものであり、その内容は真実であることから、正当なものである。
(一) 公共性
公共性の有無は、表現内容及び表現行動が行われた範囲等との関係で決せられるものであるところ、<1>本件文書1の内容は、原告らの旧組合に対する団結権侵害行為(その内容は、乙事件請求原因2のとおり。)につき、その事実及び評価を明らかにしようとするものであり、その対象は、組合活動を離れた私的領域に関する事柄ではないこと、<2>掲示場所の海コン会館、摩耶埠頭食堂とも、旧組合と友好関係にある労働組合や会社の取引先の従業員が出入りする場所であり、一般第三者の目に触れる場所ではなく、これらの者の間では、旧組合が無茶苦茶な要求を出し、会社を潰そうとしているなどの噂が立っていたことから、本件文書1の掲示は公共の利害に関わる事項である。
(二) 公益性
旧組合は、労働組合の団結を維持強化するために、原告らの団結破壊行為を糾弾し、また組合執行部を誹謗中傷する噂を打ち消す目的で、文書を掲示したのであって、何ら私的な目的に出たものではなく、その公益性も認められる。
(三) 真実性
前記のとおり、原告らが団結破壊行為を行い、優先雇用制度(その内容は、乙事件請求原因3(一)のとおり。)に関する原告らと旧組合との合意に反し、右組合から除名されたということは真実である。
また、「寝太郎」という表現は、原告中務が団体交渉や職場集会でいつも寝ているところから付けられたニックネームであり、真実である。
さらに、「悪あがきをする者」という表現も、原告らの団結権侵害行為及び合意違反等に対する当然の評価であって、その真実性に問題はない。
2 社会的相当行為
仮に、前記1の理由によって本件文書1の表現行為が正当化されないとしても、以下のとおり、右文書の掲示は、組合活動の自由の枠内にあるものといえ、社会的相当性を有するものである。
(一) 福田運送と結託して団結権侵害行為を行った原告らの行為を問題とするものであって、それは組合活動の自由として保障されるべき側面を有するところ、本来労働組合が使用者との激しい対抗関係の中で労働条件の向上を勝ち取っていくものであることを考慮すれば、殊更に事実を歪曲したり虚偽の事実を記載していない限り、その表現が激しかったり、多少の誇張が含まれていたとしても、なお正当な組合活動と評価できる。
(二) また、右表現行為には、原告らによって侵害された団結権を回復しようとする緊急行為としての側面もある。
(三) したがって、仮に原告らの名誉が本件表現行為によって侵害されたとしても、本件程度の表現であれば、組合の団結権の方がその侵害の程度は大きいといえ、さらに、原告ら自身がその団結権を侵害したものである以上、本件表現行為は、原告らが受忍すべき範囲のものといえる。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1(本件表現行為の正当性)は、いずれも否認ないし争う。
2 同2(社会的相当行為)は、いずれも否認ないし争う。
(乙事件)
一 請求原因
1 甲事件請求原因1(当事者等)のとおり
2 原告らの除名
(一) 平成三年一〇月三一日に福田運送の先代の社長である福田善雄が死亡し、その直前の同月二八日にその長男である福田善高(以下「善高」あるいは「善高社長」という。)が社長に就任して以来、福田運送は、旧組合に対する対決姿勢を強め、平成四年春闘の未解決要求についても交渉が一向に進展しなかったために、労使間の緊張感が非常に高まっていった。
(二) そのような状況下において、福田運送は、旧組合に対し次のような支配介入工作を行った。
<1> 平成四年一一月に三回にわたり、福田運送の運行管理者である浜田清(以下「浜田」という。)が、旧組合の組合員を社長室に呼びつけて、旧組合を批判した。
<2> 平成四年一二月に突然、会社側は、福田けい子(以下「けい子」という。)の取締役就任祝賀を兼ねて、従来行ったことのなかった忘年会の開催を決定し、旧組合執行部の反対を承知の上で一部組合員を勧誘して、同月一七日開催を強行した(原告中務、同鶴屋もこれに参加した。)。
<3> 平成四年春闘の未解決要求についての交渉が決裂し、平成五年春闘を目前に控えていた平成五年三月、会社側は、異例の従業員ゴルフコンペを開催することを提案し、旧組合執行部が組合員不参加を決定したことを承知の上で一部組合員を勧誘し、同月一四日に開催を強行した(原告山根もこれに参加した。)。
<4> また、同年四月二七日には、原告ら「新執行部予定者」が会合しているところに、けい子取締役が出席し、「現執行部のような対応をしておれば会社がつぶれるんや、倒産してしまう。」などと発言した。
(三) 旧組合は、前記平成四年春闘の未解決要求の交渉を前進させるため、平成五年四月二一日の始業時からストライキを行うことを決定し、同月一五日にこれを会社側に通告した。ところが、原告ら三名をはじめとする一部組合員は、会社側と事前に連絡を取り合った上で、右ストライキ当日に組合の指令を無視して就労した。
(四) さらに、同年四月三〇日に原告中務らは、新執行部を名乗り、組合の分裂大会を同年五月七日に開くことを決定し、一部組合員の参加を募ったが、大会成立には至らなかった。
(五) このように、原告らは、旧組合の指示を無視して会社側の支配介入工作を受け入れ、右のような統制違反行為を繰り返したため、旧組合は、同年五月二五日の臨時大会で同月三一日付けで原告ら三名を除名することを決議し、同月二九日公示した。
3 原告らの債務不履行
(一) 昭和五五年当時、旧組合は運輸一般に所属していたが、旧組合と福田運送との間では、運輸一般による集団交渉統一協定(以下「協定」という。)が結ばれていた。右協定においては、乗務員に欠員が生じて会社が求人募集する場合、まず右集団交渉に参加した労使の代表で構成する雇用委員会に諮り、同委員会が求職登録している組合員を福田運送に斡旋することとなっており、福田運送は雇用委員会を通してのみ、乗務員を募集できることになっていた。すなわち、乗務員は、労働組合の推薦する者から採用することが制度化されていた。
なお、旧組合が、運輸一般を脱退した昭和六一年九月二〇日以降も、福田運送が求人募集する際には、まず旧組合に諮り、同組合が推薦した者を雇用する慣行が存在していた。
(二) 原告中務は、昭和五五年八月五日に日々雇用として福田運送に採用されたが、同原告が協定締結後初めての乗務員の雇用者であったにもかかわらず、同原告が非組合員であり、その雇用に先立って雇用委員会に諮っていなかったため、旧組合は、これを協定違反であるとして強く抗議した。結局、同原告は、昭和五六年七月に旧組合に加入し、その結果、同年八月二四日、同原告を本採用とする旨の労使の協議が成立した。
原告山根は、昭和六〇年三月八日、右協定の手続に従って福田運送に日々雇用として採用され、同年九月二一日本採用となった。
原告鶴屋は、昭和六三年一一月二八日、右協定の手続に従って福田運送に日々雇用として採用され、平成元年五月二一日本採用となった。
以上のように、原告ら三名は、いずれも旧組合の推薦を受けて福田運送に雇用された「優先雇用者」である。
(三) 原告山根、同鶴屋は、優先雇用者として、旧組合に対し、右組合から除籍あるいは除名処分を受けた場合には福田運送を退職する旨の誓約書を提出していた。また、組合規約上も、優先雇用者が除籍あるいは除名処分を受けた場合には一か月以内に退職すべきことが定められており、原告ら三名は右規約に拘束される。
(四) ところが、原告らは、右のとおり、除名された場合には福田運送を退職する旨誓約し、組合規約上もその旨定められているにもかかわらず、いずれも福田運送を退職していない。原告らが退職しない行為は、右退職義務に違反し組合の団結権を侵害したものであるから、債務不履行に該当する。
4 旧組合の被った損害
仮に、原告ら三名が福田運送を退職すれば、福田運送は、その欠員補充について組合推薦の者を採用することになるから、旧組合は、組合員三名を補充することができたはずであるが、原告らが退職しないことによって、前記優先雇用の慣行が危機に瀕している。
また、旧組合は、除名した原告らが退職しないため、優先雇用制度に基づく欠員補充の要求を行うことができず、その結果、従業員全体(二一名)に占める組合員数(四名)の割合が極度に低下し、交渉力、闘争力が低下した。
このような原告らの団結権侵害行為によって旧組合が被った損害は、原告ら一名につき一五〇万円を下らない。
5 よって、被告は、原告らそれぞれに対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、各一五〇万円及びこれに対する乙事件訴状送達の日の翌日である原告中務、同山根につき平成五年一二月一九日から、同鶴屋につき同月二〇日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(当事者等)の事実は認める。
2 請求原因2(原告らの除名)について
(一) (一)の事実のうち、善高が社長に就任して以来、福田運送が旧組合に対する対決姿勢を強めたことは否認し、その余の事実は認める。
(二)(1) (二)の冒頭部分の事実は不知。
(2) 同<1>の事実は不知。
(3) 同<2>の事実のうち、原告中務らがけい子の取締役就任の祝賀を兼ねた忘年会に参加したことは認め、その余の事実は否認する。
(4) 同<3>の事実のうち、原告山根がゴルフコンペに参加したことは認め、その余は否認する。
右ゴルフコンペについて、原告山根は職場集会の際、組合執行委員長原口に対し、個人の資格で出席することは問題ないのではないかと確認し、同委員長の了解を得た上で出席したものである。
(5) 同<4>の事実は否認する。
(三) 同(三)の事実のうち、原告ら三名をはじめとする一部組合員が旧組合の指令を無視したことは否認し、その余の事実は認める。
ストライキについては、そもそもストライキ権がないことから、当時の組合員の三分の二でストライキしないことを確認して、その解除を決定して新たにストライキ権獲得のため頑張ろうと組合員間で確認したものである。
(四) 同(四)の事実は明らかに争わない。
(五) 同(五)の事実のうち、原告らが旧組合の指示を無視して福田運送の支配介入工作を受け入れ、統制違反行為を繰り返したことは否認し、その余は認める。
3 請求原因3(原告らの債務不履行)について
(一) 同(一)の事実のうち、福田運送の従業員らが労働組合の推薦する者から雇用されることが制度化されていたこと及び昭和六一年九月二〇日以後も、福田運送が求人募集する際にはまず旧組合に諮り、同組合が推薦した者を雇用する慣行が存在していたことは否認し、その余の事実は認める。
協定九条二項によれば、優先雇用者とは、会社が組合と協議の上やむを得ず人員整理を行う場合、その後会社基盤が立ち直って労働者を新たに雇用する時に、右整理対象者を必ず優先的に再雇用することを意味するものであり、被告主張のようなものを意味するものではない。
また、仮に優先雇用なるものがあるとしても、右の協定の運用は、単なる便宜的な観点から、従業員の縁故により人員を募集したことから始められたものであり、たまたまその従業員が組合員であったことから、組合の協力と支援によって採用されたような形となっているにすぎず、組合員の優先雇用の慣行という実質を伴わないものである。
(二) 同(二)の事実のうち、原告中務につき雇用委員会に諮っていないにもかかわらず、同原告を日々雇用したこと、原告ら三名が、組合の推薦を受けて会社に雇用された「優先雇用者」であることは否認し、その余の事実は認める。
(三) 同(三)の事実のうち、原告山根及び同鶴屋が旧組合に対して誓約書を提出したことは認め、その余は否認する。組合規約は、平成五年五月一二日の定期大会において新設されたものである。
(四) 同(四)の事実のうち、原告山根、同鶴屋が被告主張のような誓約をしていること、原告らが福田運送を退職していないことは認め、その余は否認ないし争う。
4 同4(旧組合の被った損害)は否認ないし争う。
5 同5は争う。
三 抗弁
1 公序良俗違反(請求原因3に対し)
誓約書や組合規約で、組合員が旧組合から除籍、除名された場合、会社を退職するものとされているとしても、旧組合と福田運送との間にはユニオンショップ協定は締結されていないところから、右誓約書等の内容は、組合員の職を放棄させるものであり、その限度において公序良俗に反し無効である。したがって、原告ら三名は、何ら会社を退職すべき義務を負うものではない。
2 団結権の濫用(請求原因3に対し)
原告らは、右除名決議に先立つ平成五年五月下旬に旧組合を脱退したものであるが、それは執行委員長原口の独裁的、独善的、非民主的な組合運営に反発してのものである。このような理由により脱退をした原告らに対し、退職を強要するのは団結権の本来の目的を逸脱するものであり、その濫用である。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1(公序良俗違反)は否認ないし争う。
ユニオンショップ協定とは、「従業員は組合員とならなければならない。組合を脱退し、もしくは組合から除名された場合には、使用者はこれを解雇する。」という内容のものであり、使用者に対する義務づけ規定である。これに対し、誓約書等における退職合意は、同協定が存在しない場合に組合内部において団結強制の実を挙げるため、各組合員に対し組合を脱退し、もしくは組合から除名された場合に、会社を退職させる旨約束させるものであり、労働者の団結権を保障する我が国憲法秩序の下において、対抗関係にある使用者に対する解雇義務づけが合法とされるのである以上、団体内部における組合員に対する退職義務づけの合法性が認められるのは理の当然である。
2 抗弁2(団結権の濫用)は否認ないし争う。
第三証拠<省略>
理由
第一乙事件について
一 請求原因1(当事者等)の事実は、当事者間に争いがない。
二 同2(原告らの除名)について
1 福田運送の支配介入行為に至る経緯(請求原因2(一))について
請求原因2(一)のうち、善高が社長に就任して以来、福田運送が旧組合に対する対決姿勢を強めたことは成立に争いのない乙第三一号証の二によりこれを認めることができ、その余の事実は当事者間に争いがない。
2 福田運送の支配介入行為(請求原因2(二))について
(一) 請求原因2(二)<2>のうち、原告中務らがけい子の取締役就任の祝賀を兼ねた忘年会に参加したこと、同<3>のうち、原告山根がゴルフコンペに参加したことは当事者間に争いがない。
(二) 右争いのない事実に加えて、前掲乙第三一号証の二、成立に争いのない乙第九ないし第一一号証、第三一号証の三、四及び証人原口の証言によれば、以下の事実が認められる。
(1) 善高の社長就任後程なくして行われた平成三年の年末一時金交渉においては、旧組合の要求が七〇万円であったのに対し、福田運送は五二万三〇〇〇円という回答を示し、同年一二月九日からの時間外作業の拒否という争議行動等を経て、結局、同月一八日に五二万八〇〇〇円で双方が妥結した。なお、右交渉の席で、善高社長は、「今後は互いに歩み寄って玉虫色の解決をつけることはしない。」という趣旨の発言をした。
(2) 平成四年春闘においては、旧組合は、福田運送に対し、所定内賃金の増額等を求める他、時間外労働等の手当七万円を収入保障することを要求した。
旧組合は、時間外労働の拒否闘争を行い、両者は、大半の要求事項について同年四月一〇日に妥結に至ったものの(賃金については、一万七〇〇〇円の増額で妥結した。)、右の手当の収入保障の点等で折り合わず、未解決の案件として、継続扱いとなった。
右の手当の収入保障については、平成四年の年末一時金交渉の場においても審議されたが、ここでも折り合わなかった(年末一時金については、同年一一月一七日に妥結した。)。
(3) 同年一一月中旬ころ、福田運送の運行管理者兼整備管理者であった浜田が、旧組合の組合員全一二名(当時)のうち九名を三回に分けて社長室に呼び出し、同人らに対し、「組合は十分な交渉もやらんとすぐ争議に入る。」、「会社の出している回答はよそよりもようけ出しておる分もある、十分な回答をしてるやないか。」、「組合がそのような対応をするのであれば、社長も腹を括ってるで。」、「会社をつぶすことになったらみんなの生活はどうなるんや。」、「執行部の先走りや。」、「組合の要求は高過ぎる。」という趣旨のことを述べた。
(4) 福田運送は、同年一二月一〇日、同月一七日に忘年会を行うことを決定し、会社の掲示板に張り出した。これに対し、原口ら組合執行部は、浜田の問題があった直後であり、未解決の問題があるという緊迫した時期であるとして、組合員がこれに出席することを認めないという方針をとった。しかるところ、一七日に開催された忘年会には、原告中務及び同鶴屋を含む組合員六名がこれに出席した。
なお、右忘年会は、同年五月一六日に取締役に就任したけい子の取締役就任祝賀をも兼ねる趣旨とするとして行われたが、組合執行部はこのことを事前には知らされていなかった。
(5) 平成五年三月一〇日ころ、福田運送は、同月一四日にゴルフコンペを開催することを決定し、組合員を含む従業員に対し、参加を呼びかけた。
これに対し原口ら組合執行部は、同月六日、右ゴルフコンペに組合員が参加することを認めない方針を決定し、これを組合員に通達したが、これに反して原告山根を含む三名の組合員が、右ゴルフコンペに出席した。
(6) 旧組合の規約においては、元来毎年一月に定期大会を行うことと定められていたが、前記手当の収入保障が未解決要求となっていたことから、平成五年度の定期大会については、右問題を解決した後に開催することとし、延期された。
また、旧組合の役員選挙は、同年三月一一日に公示し、同月一三日から同月一五日の間、立候補者を受け付けた結果、役員定数五名に対し、原告中務、中西明、中村隆男、原告鶴屋、高田英男の五名が立候補し、無投票当選となった(ただし、組合規約により、役員の任期は定期大会で運動方針、予算が採択され、業務の引継ぎを終えた時点から始まるとされていたため、定期大会開催までは、原口ら旧執行部が引き続き組合業務を執行した。以下、右当選者らを「新執行部」という。)。
(7) 同年四月二七日、海コン会館二階の会社会議室で行われた一部の組合員の会合に、取締役けい子が出席し、右組合員らに対し、「会社の経営が苦しく、金が足りん。資金繰りが大変なんや。」「このまま行けば会社は危ないんちゃうか。」とか、組合執行部の交渉の仕方や、要求の出し方について「このようなことを続けておれば会社がつぶれるんや、倒産してしまう。やる気をなくしてしまう。」という趣旨のことを述べた。
(三) 以上の事実に基づき、福田運送の行為が、旧組合に対する支配介入にあたるか否かについて判断すると、使用者側の発言等が支配介入行為に該当するかについては、右の発言等の内容、態様のみならず、それがされた時期や場所等の諸状況を総合的に判断する必要があるが、右諸状況に照らして、表現内容、態様が組合員の団結に影響を与えるような強制的、威嚇的効果を有したり、組合員を非常に萎縮させる効果を有するような場合には、使用者側の表現の自由という域を超えて、団結権等に対する不当な介入として、支配介入行為に該当するものというべきである。
(1) このような観点からみると、平成四年一一月中旬ころ、浜田が組合員を社長室に呼び出して、組合批判をした行為(請求原因2(二)<1>)は、それが組合員を三回に分けて社長室に呼び出したという態様、組合の対応如何によっては会社が組合つぶしに出るということを暗示したり、会社の倒産をほのめかしたという内容に照らすと、当時、平成四年春闘の未解決要求に関して労使間の紛争が激化していた状況にあり、福田運送としては争議を回避したいという目的があったことを勘案しても、不当に組合員を威嚇する行為であったといわざるを得ず、旧組合に対する支配介入にあたる。
(2) 平成五年四月末、一部の組合員の会合に、取締役けい子が出席し、右組合員らに対し、会社経営及び組合執行部の要求の出し方等について述べた行為(同<4>)は、それが組合執行部の運営に批判的だった組合員らの会合であり、本来取締役である福田けい子が出席する筋合いのものでなく(前掲乙第三一号証の二ないし四)、その態様において不当なものである上、その発言内容についても右の浜田の発言と同様に会社の倒産をほのめかすものであり、出席した組合員以外に対しても威嚇的効果を有するものであることからすれば、右行為も旧組合に対する支配介入にあたる。
(3) これに対し、平成四年一二月一七日の忘年会(同<2>)については、それ自体習俗化した行為であることからすれば、右会において特に組合批判等の事実が認められない以上、これを支配介入行為と認めることはできない。被告は、以前に福田運送において忘年会が行われたことがなかったと主張するが、以前にも焼き肉パーティー等の行事が行われることはあったこと(前掲乙第三一号証の三)からすれば、右の時期に忘年会が行われたことをもって、特段問題とするにはあたらない。
(4) 平成五年三月一四日開催のゴルフコンペ(同<3>)についても、従業員も自費で参加しており、その会場において組合批判があった等の事実が認められない(前掲乙第三一号証の三)以上、単に右コンペが開催されたことをもって、これを支配介入行為と認めることはできない。
被告は、右コンペが開かれた時期が、平成五年春闘を目前に控えていたなどの時期であったことを問題にするが、その事実のみでは右行為を支配介入行為と認めるには足りない。
3 原告らの分裂行為及び原告らの除名に至る経緯等(請求原因2(三)ないし(五))について判断する。
請求原因2(三)のうち、原告ら三名をはじめとする一部組合員が旧組合の指令を無視したことを除いた事実、同(五)のうち、原告らが旧組合の指示を無視して福田運送の支配介入工作を受け入れ、統制違反を繰り返したことを除く事実は、当事者間に争いがない。また、同(四)の事実は被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。
右争いのない事実等に加え、前掲乙第三一号証の二ないし四、成立に争いのない乙第一三ないし第一八号証、第三三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第六号証の五、六、証人原口の証言及び原告中務本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。
(一) 旧組合は、平成五年四月一五日及び同月一七日、福田運送に対し、平成四年春闘からの未解決要求であった前記の手当の収入保障の点について、同月二一日の始業時午前八時三〇分からストライキに入ることを通告した。
このストライキ開始予定日の前日である同年四月二〇日午後四時ころ、福田運送の事務所の横の待機所において、浜田が七人くらいの組合員と話をしていた。また、その直後の午後四時三〇分ころ、原告中務が、組合員岩谷勝弘(以下「岩谷」という。)に対し、右ストライキに参加しないという文書に署名するよう求めたが、岩谷はそれを拒絶した。右文書には、既に組合員七名(原告ら三名のほか、中西、中村、高田、葦谷輝夫)の署名があった。
そして、二一日当日、組合員のうち原告ら三名を含む八名が、右ストライキに加わらず就労したため、ストライキは中止となった。
(二) その後、原告中務、同山根、中西、中村の四名が、組合役員に無断で組合事務所の鍵を開けて、書類入れを壊して、組合関係の書類を物色していたところ、これを原口執行委員長に発見され、その抗議を受けるという事件が起こった。
(三) 同年四月三〇日、原告中務は、原口ら旧執行部に無断で「新執行部委員長」の肩書きをもって、延期されていた平成五年の定期大会を同年五月七日に開催する旨告示した。原告中務は未だ就任前であったため、同原告にこのような大会を招集する権限はなかった。
原口ら旧執行部は、翌五月一日、原告中務ら新執行部の右の行動に対し、これを分派分裂行動とみなして、組合規約に基づき、原告中務ほか四名に対し、権利停止六か月の処分を行った。新執行部の招集した定期大会は、結局不成立に終わった。
(四) 原口ら旧執行部は、正規の定期大会を早期に開くべく、同年五月八日、定期大会を招集し、同月一二日これを開催した。右定期大会において、改めて平成五年度役員として原口、荒川、山秀之及び岩谷が選任された。
また、右大会の開始直前に葦谷及び中林克己が、それぞれ組合を脱退した。
(五) その後、同月二一日に高田、中村及び中西が相次いで旧組合を脱退し、また同日には原告中務及び同鶴屋が、それぞれ旧組合に脱退届を提出した。これに対し、旧組合は、原告中務及び同鶴屋の脱退を認めないという方針をとり、同月二五日の臨時大会において、原告ら三名を旧組合から除名する決議を行った(原告山根は同月二六日に脱退届を提出した。)。
三 請求原因3(原告らの債務不履行)、抗弁について
1 原告山根、同鶴屋の退職すべき義務の発生について
請求原因3(二)のうち、原告山根、同鶴屋が旧組合に対し誓約書を提出していたことは当事者間に争いがない。そして、成立に争いがない乙第八号証及び証人原口の証言によれば、右誓約書には、右原告らが組合の推薦により試用され、本採用の決定となったこと、入社後は組合員として組織の発展と団結の強化に努めるとともに、「組合から脱退又は組合規約、規則により除籍、除名処分を受けた場合会社を退職」する旨誓約することなどが記載されていたことが認められる。
右誓約書は、同原告らが脱退又は除籍、除名された場合に福田運送を退職すべき義務を定めたものであることは文言上明らかであるから、右誓約書による合意が有効である限り、優先雇用の慣行の意義や組合規約の解釈について判断するまでもなく、同原告らは、誓約書による合意に基づき、被告に対して右のような退職義務を負うものである。
2 原告中務の退職すべき義務の発生について
(一) 原告中務については、右のような誓約書等により個別に退職すべき義務を認めた旨の主張、立証はない。
(二) そこで、まず、被告のいう優先雇用の慣行(請求原因3(一))について判断すると、請求原因3(一)のうち、福田運送の従業員らが労働組合の推薦する者から雇用されることが制度化されていたこと及び昭和六一年九月二〇日以後も、会社が求人募集する際にはまず組合に諮り、同組合が推薦した者を雇用する慣行が存在していたことを除いた事実は当事者間に争いがない。
そして、右争いのない事実並びに成立に争いのない甲第七、第八号証、乙第七号証及び証人原口の証言によれば、以下の事実が認められる。
(1) 運輸一般兵庫地方本部、その支部及び分会と、交渉相手方である多数の会社との間で締結された「一九八六年 基本集団交渉 統一協定書」には、雇用の確保と保障に関する条項として、同協定調印会社間での運輸一般組合員の共同雇用及び日々雇用については、労使双方の委員で設置された雇用委員会が、別に定める雇用委員会規制条項及び雇用委員会運営規程に基づき実施する旨定められていた(九条三項)。そして、右雇用委員会規制条項及び雇用委員会運営規程には、乗務員の日々雇用、共同雇用については、組合の要請により、その都度、雇用委員会の手続を行い、審議の上会社に斡旋すること、委員会を通じての被雇用者については優先的に審議するが、採否の判断は会社が行うこと、雇用委員会には、雇用に必要な求人、求職情報を予め登録しておくことなどが定められていた。
この雇用委員会制度は昭和五五年当時から存在し、旧組合も、昭和五五年から福田運送との間で右雇用委員会制度に関する協定を締結していた。
なお、前記統一協定書九条二項には、「企業の倒産、閉鎖など、やむを得ない事情で失業した組合員の優先雇用については、組合の意思、趣旨を確認し、各社はこれを認める」旨規定されていた。
(2) しかしながら、旧組合と福田運送との間においては、乗務員の雇用に関して、実際には雇用委員会を通じてではなく、次のような手続が取られていた。
すなわち、まず、乗務員の正社員に欠員ができた場合や、福田運送が増車を行って正社員の乗務員が足りなくなった場合に、旧組合から福田運送に対して欠員補充の要求書を出し、同組合で職場集会を開いてその対象者を諮る。そこで該当者がいた場合、履歴書及び面接による審査を経て、問題がなければ再度職場集会で諮り、異議がなければ組合推薦として、右該当者を日々雇用(三か月ないし六か月の試採用期間)するよう福田運送と交渉する。右試採用期間が経過したら、再度職場集会に諮り、組合員の異議がなければ、旧組合に加入させた上で、本採用の手続が取られていた。
(3) 原告ら三名は、右のような手続に従い、旧組合の要求に基づいて採用されたものであり(原告中務の採用経緯については後記のとおり。)、他に、荒川、山、岩谷の三人も同様であった。
以上の事実によれば、福田運送と旧組合との間においては、乗務員の正社員の欠員補充に関し、旧組合の要求があれば、その推薦を尊重し、被推薦者を優先的に雇用するという慣行が存在したものというべきである。
この点につき、原告らは、優先雇用の慣行とは統一協定書九条二項が定める再雇用の制度のことをいう旨主張するが、右で認定したところによれば、再雇用者ではなく、新採用者についての優先的な雇用の慣行が存在したものといえ、右主張は理由がない。また、原告らは、右で認定した乗務員の採用実態は、単なる便宜的な観点から、従業員の縁故により人員を募集したことから始められたものであり、たまたまその従業員が組合員であったことから、同組合の協力と支援によって採用されたような形となっているにすぎず、優先雇用の慣行といった実質を伴わないものである旨主張する。しかし、福田運送が自ら進んで人件費のかかる正社員を募集するということは実際上考えられないこと(証人原口の証言)などに照らすと、右運用が単なる縁故募集目的から出たものであるとは考え難く、右主張も採用することができない。
(三) 原告中務について、その採用の経緯(請求原因3(二))を判断する。
成立に争いのない乙第一九ないし第二二号証、証人原口の証言及び原告中務本人尋問の結果によれば、原告中務は、昭和五五年八月五日に福田運送に日々雇用されたが、当時既に、旧組合と福田運送の間で雇用委員会制度に関する協定が締結されていたにもかかわらず、福田運送は、同原告を日々雇用することを旧組合に知らせることなく行い、さらに翌五六年一月二一日、同原告を本採用したこと、旧組合は、これに対して福田運送及び雇用委員会に異議を申し立て、同年二月一六日から無線の応答等について一切協力しないという方法の争議行為を行ったため、福田運送は、同月二一日、同原告を臨時雇いの地位に戻したこと、その後、同年七月に同原告が旧組合に加入したため、旧組合は職場集会において同原告を組合推薦とすることを決定した上で、福田運送に対し本採用を斡旋し、その後間もなく本採用となったこと、同原告は、右本採用に際して、旧組合に対し、労働モラルを守り資本から批判されないよう努めることを誓約する内容の誓約書を提出したことが認められる。
以上の事実によれば、原告中務は、最終的には福田運送が旧組合の推薦の形式を尊重したという点で、右(二)で認定した優先的雇用の慣行に基づいて採用されたものというべきである。
(四) そこで、原告中務について、組合規約に基づき退職義務を負うかどうかについて判断する。
(1) 証人原口の証言により真正に成立したと認められる乙第一号証及び同証人の証言によれば、以下の事実が認められる。
現行の組合規約は、一九九三年度(平成五年度)定期大会で改定決議されたものであり、右規約には、以下のような規定がある。
<1> 組合員が規約、規則、機関決定に違反又は無視したとき、組織破壊につながる言動をとる時は、統一と団結を守るため、厳重注意、勧告書、権利停止、除籍、除名の統制処分、処置をとることができる(二一条一項)。
<2> 組合の加入に際しては、組合の規約、規則を承認して所定の申込書に組合費、加入金を添えて執行委員長に申し込まなければならない。
優先雇用(組合すいせん者)の手続で入社加入する者は右手続と誓約書に連帯保証人一名を必要とする(二三条一、二項)。
<3> 優先雇用者(組合すいせん含む)の脱退届は認めない。ただし、退職の場合はこの限りではない(二四条二項)。
<4> 優先雇用者(組合すいせん含む)の組合員は統制処分により除名、除籍となった時、誓約書に従い一か月以内に退職しなければならない(二五条)。
原告中務が本採用となった昭和五六年当時も、組合規約には右と同様の規定が存在していた。
(2) 原告らは、右組合規約は、平成五年五月一二日の定期大会で新設されたものである旨主張し、原告中務は、本人尋問の中で、組合規約については原口委員長が常時保管しており、他の組合員は閲覧することができず、実際にその内容については知らなかった旨供述する。しかしながら、組合規約は、労働組合にとって最も基本的な取り決めであり、しかも、原告中務は執行委員長をしたことがある(同原告本人尋問の結果)のであるから、その内容について同原告に認識がなかったことは考えられないこと、証人原口は、旧組合が運輸一般神戸支部を昭和六一年九月末に脱退し、同年一〇月に旧組合を結成した時の結成大会で組合規約が承認され、その際に原始組合員であった同原告にも組合規約を渡したと証言していることなどに照らすと、同原告の右供述及び原告らの右主張は、いずれも採用することができない。
(3) 被告は、原告中務についても、組合規約により退職義務を負う旨主張する。
しかしながら、優先雇用者の退職義務を定めた規約二五条は、優先雇用者は除名、除籍となった時、誓約書に従い、退職しなければならないと規定しており、文言上、いわゆる優先雇用者の退職義務が発生する前提としては右義務を認めた誓約書を差し入れることが前提となっているところ、原告中務がこのような誓約書の差し入れをしていないことは前記のとおりである。そして、組合に対するものとはいえ、退職義務を認めた場合には当該雇用者の雇用の喪失という重大な効果に結びつくことを考慮すると、右の文言にもかかわらず、退職を認める誓約書が存在しない場合に、なお、組合規約に基づき退職義務の存在を認めることは不当な拡大解釈であるというべきである。
したがって、原告中務が、右規約二五条にいう「優先雇用者(組合すいせん含む)」であるとしても、組合規約のみに基づき退職義務の発生を認めることはできない。
(4) そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告中務に対する請求は理由がない。
3 抗弁1(公序良俗違反)について
原告らは、ユニオンショップ協定が締結されていないという事情のもとで、退職義務を定める誓約書の内容は、組合員の職を放棄させるもので、公序良俗に反し無効であると主張する。
確かに、旧組合と福田運送との間ではユニオンショップ協定は締結されていない(証人原口の証言)が、そうであるからといって、本件で問題とされているような組合に対する退職義務を定める合意を一律無効とすべき根拠はない。すなわち、右のような合意も労働組合の団結権を強化する趣旨に出たものであり、団結権を保障する憲法二八条の規定に照らして一定限度でその効力を認めるべきである。しかしながら、このような合意は、労働者の雇用の喪失という看過し得ない不利益に結びつくものであるから、誓約書の文言のとおり「組合から脱退又は組合規約、規則により除籍、除名処分を受けた場合」に一律に会社を退職すべき義務を課することは相当ではない。そこで、このような団結権保障の趣旨と労働者の利益との双方を考量するならば、当該労働者が団結権の保障の趣旨からみて強い非難に値するような反組合的行動を取った場合に限り、退職合意の効力を認めるのが相当である。
これを本件についてみると、原告山根及び同鶴屋は、平成五年四月二一日からのストライキに加わらず就労した(右二3(一))ところ、右行為はそれ自体組合の統制に違反する行為である上、前記認定のとおり、ストライキ開始予定日の前日である同年四月二〇日、浜田が七人くらいの組合員と話をしていたこと、その直後に原告中務が、岩谷に対し右ストライキに参加しないという文書に署名するよう求めたこと、右文書には既に原告ら三名も署名していたこと及び、浜田は、福田運送において実質的に労務担当の役割を担っており(証人原口の証言)、前記認定のとおり実際に支配介入行為を行っていることを総合すれば、原告らの統制違反行為は、福田運送による組合切り崩し行為に同調する目的によりされたものと推認することができる。そうすると、原告山根及び同鶴屋は、組合の団結権の保障の趣旨からして強い非難に値する統制違反行為をしたものであるといえるから、誓約書による退職合意の効力を認めるのが相当である。
したがって、抗弁1の主張は理由がない。
4 抗弁2(団結権の濫用)について
原告らは、執行委員長原口の独裁的、独善的、非民主的な組合運営に反発して旧組合を脱退したものであるとして、このような原告らに対し退職合意の効力を認めるのは、団結権の濫用である旨主張する。
しかしながら、本件全証拠によっても、原口ら旧執行部の運営が明らかに非民主的というべき態様のものであったことを認めるには足りない上、仮に原口らの組合運営に問題点があったとしても、そうであるからといって、前記認定のような福田運送による支配介入行為に同調した統制違反行為が正当化されるものではない。
そうすると、抗弁2の主張も理由がない。
5 そして、請求原因3(四)のうち、原告山根及び同鶴屋が福田運送を退職していないことは当事者間に争いがない。
そうすると、右原告二名は、誓約書に基づく退職合意に違反して福田運送を退職しないものというべきであるから、右債務不履行により旧組合が被った損害を賠償すべき義務を負う。
四 請求原因4(被告の被った損害)について
原告山根及び同鶴屋が退職をしないことにより、誓約書の提出による団結権の強化が果たされない結果となったことは容易に認められる。しかしながら、右原告二名が除名された頃、優先雇用者とは認められない他の組合員が相次いで脱退したことは前記のとおりであり、これによっても旧組合の団結力は相当程度低下したことが推認され、その他本件に現れた諸事情を考慮すると、右原告二名が退職しなかったことにより旧組合が被った損害を金銭的に評価すると原告らそれぞれについて二〇万円とするのが相当である。
第二甲事件について
一 請求原因1(当事者等)の事実は、当事者間に争いがない。
二 請求原因2(旧組合の名誉毀損行為)について
1 海コン会館での本件文書1の掲示行為(請求原因2(一))について
請求原因2(一)の事実のうち、旧組合が(1)記載の場所に、五月二九日に約三〇分間、本件文書1を掲示したこと、(2)記載の場所に同月二九日から同年六月二日までの五日間、本件文書1を掲示したこと、右文書に「団交や職集で『寝太郎』と呼ばれていた者」や「自らの署名、印のある契約書をつきつけても悪あがきする者」等の表現があることは当事者間に争いがない。
原告は、海コン会館の表玄関((1))での掲示期間は二ないし三時間であると主張し、原告中務本人尋問中にも、同旨の供述があるが、これに反する証人原口の証言に照らし、採用することができない。
2 本件文書2の掲示行為(請求原因2(二))について
原告らは、本件文書1とともに本件文書2が掲示された旨主張する。そして、原告中務は、これに沿った供述をし、これを裏付ける写真として、検甲第五、第八号証を挙げ、これらは、それぞれ、海コン会館の北側一階入口ドア(あるいは同二階入口ドア)と同表玄関に、本件文書1(甲第一号証)及び本件文書2(甲第二号証はその写)が平成五年五月二九日から六月二日の間に掲示されている状態を、撮影したものであるとする。しかし、検甲第五、第八号証に写っている告示と称する文書は、甲第二号証とは体裁が異なること、原告中務は、本人尋問において、甲第一、第二号証についてその取得経緯を明らかにすることができない等、その供述は曖昧かつ不自然であること、右の各写真は重要でかつ早期に提出されてしかるべき証拠であるにもかかわらず、これが提出されたのが第一二回、第一三回口頭弁論期日と極めて遅い時期であること及び証人原口の証言に照らすと、右各写真が、前記掲示期間中に撮影されたものとは直ちに認め難く、原告中務の右供述は採用することができない。そして、他に右原告らの主張事実を認めるに足りる証拠はない。
3 摩耶埠頭食堂掲示板への掲示(請求原因2(三))について
旧組合が本件文書1を六月三日から一〇日までの八日間、原告ら主張の食堂掲示板に掲示したことは、当事者間に争いがない。
原告らは、本件文書1(甲第一号証)を右食堂に掲示した期間を、平成五年五月三一日から同年六月一一日までの一二日間であると主張するが、五月三一日から六月二日と、同月一一日の計四日間について、被告が本件文書1を右食堂掲示板に掲示したことを認めるに足りる証拠はない。
4 成立に争いがない甲第一号証によれば、本件文書1には、原告ら三名を除名することに加え、原告らは「入社時の条件として、組合員であることを前提に本採用として認めたものであり、いかなる理由が発生しようと、組合を脱退する時又は組合から統制処分を受けた場合、退職する事を誓約して入社、組合加入した」ものであるが、原告らは「これを不当だと誹謗中傷している」、(原告らのことに関し)「己れの言動に対するひとかけらの反省すらない、目先の現象だけをとらえ、(執行部の運営を)『非組合民主主義』とかの寝言をはいている」、「団交や職集で『寝太郎』とよばれていた者が組合民主主義をさけび」、「自からの署名、印のある誓約書をつきつけても悪あがきする」といった内容が記載されていたことが認められる。
以上の事実によれば、本件文書1は、全体として原告らが退職することを誓約して入社したのであるが、その誓約に従わず、正当な理由もなく旧組合を誹謗中傷し、自身の言動には反省がない、団体交渉や職場集会で寝ていて揶揄されていながら民主主義を標榜して執行部批判をしているなどということを記載しているのであり、その内容は原告らの社会的評価を低下させるものであって、これを右認定の場所に右認定の期間掲示することは、原告らの名誉を毀損する行為に当たる。
三 抗弁1(表現行為の正当性)について
被告は、本件文書1の掲示が公共の利害に関わる事実について公益を図る目的で行ったものであり、その内容は真実であると主張する。
しかし、まず、原告中務については、前記のとおり、旧組合を脱退するとき、又は統制処分を受けた場合に退職することを誓約したものとは認められず、退職義務を負わないと判断されるから、本件文書1の内容について全体として真実と評価することはできない。
次に、原告山根及び同鶴屋については、前記のとおり、誓約書により退職義務を負っているものであるから、本件文書1の内容は大筋において真実を述べたものともいえる。しかしながら、そもそも「寝太郎」、「悪あがき」といった表現は、原告らを侮辱する表現であり、文書の記載内容が大筋で真実であるからといって許されるものではない。
そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本件文書1の掲示は表現行為として正当なものであるとはいえず、抗弁1は理由がない。
四 抗弁2(社会的相当行為)について
被告は、本件文書1の掲示は、組合活動の自由の枠内にあり、社会的相当性を有するものと主張する。
確かに、前記認定のとおり、旧組合による右文書の掲示は、同組合と福田運送との間の労使間の紛争の最中に行われたものであり、原告らが会社に同調し団結権侵害行為を行ったことに対し、侵害された団結権を回復する目的で、それに対抗する意味でされたものといえるから、その目的は、組合活動の自由を保障する憲法ないし労働組合法の趣旨に照らして正当と評価することができないではない。
しかし、そうであるからといって原告らのことを「寝太郎」と表現したり(なお、証人原口の証言によれば、この文言は原告中務のことを指す趣旨で記載されたことが認められるが、本件文書1の表現上、そのことを客観的に推知することは困難である。)、原告ら三名が除名されても退職しないことを指して、「誓約書を突きつけても悪あがきする」と表現するなどの侮辱的な表現を用いることは社会通念上許容することができない。
したがって、社会的相当性という観点からも、本件表現行為を正当化することはできず、抗弁2も理由がない。
五 旧組合による退職強要行為(請求原因3)について
請求原因3の事実のうち、旧組合が原告ら主張のような文書を送付したことは当事者間に争いがない。また、成立に争いのない甲第四号証及び原告中務本人尋問の結果によれば、旧組合は、平成五年七月七日に、原告ら三名の解雇等について福田運送に対し団体交渉を申し入れたことが認められる。
しかるところ、原告山根及び同鶴屋については、乙事件について判断したとおり、誓約書に基づき退職義務を負っていたのであるから、右のような文書により旧組合が同原告らの退職義務を前提としてその解雇を福田運送に要請することを違法と評価することはできない。また、原告中務については、乙事件において判断したとおり、組合規約の規定には優先雇用者の退職義務について定めた規定があり、同原告も一応右優先雇用者には該当するといえるのであるから、旧組合として、同原告にも退職義務が発生すると解釈して、同原告の解雇を要請したことをもって、直ちに社会通念上義務のない行為を強要したとまでは認めることができない。
次に、原口委員長が、原告らに対し退職を強要した事実については、本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。
そうすると、被告が原告らの退職を強要したという不法行為は、これを認めることができない。
六 原告らの被った損害(請求原因4)について
原告らが旧組合による名誉毀損行為によって被った損害の額について検討すると、本件文書1の記載内容、二において認定した掲示の場所、期間その他本件に現れた事情を総合して考慮するならば、原告らの精神的苦痛に対する慰藉料の額は、それぞれについて一〇万円と認めるのが相当である。
なお、原告らは被害の回復として併せて謝罪文の掲示を求めているが、原告らの被害は謝罪文の掲示をもってしなければ回復できないとは認め難いから、その必要性を認めない。
第三結論
以上のとおりであるから、甲事件における原告らの請求は、被告に対し、それぞれ不法行為による損害賠償として一〇万円及びこれらに対する甲事件訴状送達の日の翌日である平成五年八月一七日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においていずれも理由があるから認容し、その余はいずれも理由がないから棄却し、乙事件における被告の請求は、原告山根及び同鶴屋に対し、債務不履行による損害賠償としてそれぞれ二〇万円及びこれに対する乙事件訴状送達の日の翌日である原告山根につき平成五年一二月一九日から、同鶴屋につき同月二〇日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 森本翅充 太田晃詳 西村康一郎)
別紙謝罪文、条件 省略